日本歯科医学会について/ご挨拶
学会長ご挨拶 師走号

「天国の母に届ける声」
昨年、喜寿を迎えた私は、60年以上、アマチュア無線を趣味としてきた。結婚しようが子どもができようが中断したことはない。今朝も同年代でフィリピン在住のおなじみさんと交信し、互いに声で生存確認を済ませた。この交信にはもう一人の高齢者が加わる。一台の高齢物といった方が適切である。1955年に、アマチュア無線の世界では超有名な米国の会社で製造・販売された大型の送信機と受信機の組み合わせで、現在、この器械をわが国の総務省の検査を受けて正式許可のもとに使用しているのである。例えればわが家に住民登録がされているようなものだ。
実はこの器械、30年以上前に、とあるところに預けた形になっていた。数年前、「こんなものがありますが、お持ち帰り願えますか」という一本の電話に、新しい機器に囲まれていることもあり、今更、大型の年代物を持ち込めない。心当たりに声掛けしたが「今さらねぇ」といわれる始末。ところが、時期を同じくして介護施設に入っていた96歳の母親が天国に旅立ち、使っていた6畳の間が空いてしまった。ベッドなどの大物は処分し、コンパクトなお仏壇を残して、無線機のためのスペースを設けた。とにかく総重量100Kg以上の器械がこの6畳に収った。母親にはこの無線機の話はしていないのに、気を遣ってくれたのかと勝手な想いに浸る。
わが家に戻ってきたときは製造後、60年以上は経っており、少なくても30年は電源も入れていない代物である。恐る恐るスイッチを入れてみる。プーンとなつかしい真空管の器械のにおいがしてきた。私にはこのにおいはよい香りである。なぜかというと部品が燃えているにおいではなく、働く可能性のある香りなのだ。昔から、においでの点検・修理はお手の物である。さすがに高齢の部品は新しいものに交換した。
命を吹き込んで無事検査にも合格した彼らは、元の母の部屋で毎朝私を待っていてくれる。スイッチを入れると元気なにおいが鼻孔に届く。まずお仏壇に線香をあげ、鐘を鳴らし、手を合わせ、家族と家族の一員である骨董の器械と自分の健康をお願いする。線香の香りが器械からのにおいも取り込み、幸せな一日がスタートする。
令和 4年11月28日
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