日本歯科医学会について/ご挨拶
学会長ご挨拶 8・9月号

金継ぎで出会うAとB
今回は、イタリア製の小さな容器と金箔張りの蓋の物語。小壺は口が割れている。それがどこから来てなぜ割れたのかには長い話がつくのだが。それはさておき、蓋は、これはまた対の壺のほうが破損して残った優雅な蓋。今まさに、出会うべくして目前に並んでいる。みなさまは普段あまり使われないかもしれないが、鋭利なノギスを手に、容器と蓋の寸法を測ってみた。容器の内径は42.6㎜、蓋の内径が1㎜ほど大きい。上下を合わせてみると、そのまま押し込めば収まってしまいそうでも微妙な浮きがある。まずは、蓋の裏側に貼ってある金箔を、ぺーパーナイフではぎ取った。下地は心配したような無垢の象牙ではなく木であった。軽く1周、ヤスリ掛けをして、木の硬さをみる。再びノギスを取り出して直径をあたる。内径が0.2㎜ほど小さくなった。全体的にさらに削除が必要である。ここから円く削っていく作業がたいへん。次に小型の切り出しナイフを取り出すが、この木は想像以上に堅い。結局、ヤスリに頼るしかないと根気よく削る。途中何度か器に合わせてみる。小さな蓋を押さえての久しぶりの作業に指がつる。やっとのことで少し小さめの内径の蓋に仕上がった。自分の性格からすると、隙なくピッタリ合わせたいのだが、あとで金張を施すための余裕が必要なので、ここはアバウトなゆとりがある方が良いからだ。
口が割れている壺は修理しなくてはならないが、じつは以前にも茶道具の金継ぎに挑戦したことがある。その出来栄えに随分とお褒めをいただいた記憶と共に、金継用の漆と金消粉(きんけしふん)が残っているのを幸い、数年ぶりに再挑戦しようと意気込んだわけだ。欠けた部分を接着剤で合わせて乾かす。その間に、漆と金消粉を混ぜておき、割れ目に添って竹串で金漆を置いていく。以前と違う感覚は、拡大鏡と震える手のせいか、しかし、仕上がりはよし、とひとまず乾燥しておいたのだが、今回は実に評判が悪い。それどころか家内は、小刀で金継ぎ部分を削り始めたではないか。後でネット上の金継ぎの教本を見ると、実に適当なやり方だったことに我ながらびっくりした。改めて金継ぎの技術を勉強しなおそうと思っている。
さて肝心の蓋の話に戻ろう。金箔はネットで購入できた。薄紙に丁寧に挟まれている。あとはこれを貼り付ければ完成だ。
純金箔と聞くと、今から54年ほど前、いわゆる登院生としての、病院の臨床実習のことを思い出した。当時の臨床実習では、患者さんはほとんど自分で探さなければならず、先輩からの引継ぎ患者さんの他に知人にお願いしたり、同級生同士で互いに患者になって、必要な研修項目をこなしていた。その必須研修項目に「金箔充填」が入っていたのである。咬合面や歯頸部の小さなう蝕の治療に用いられる技法だった。私は同級生の咬合面う蝕に「金箔充填」を行った。ピンセットで金箔の小片を挟み、アルコールランプに軽くかざし、専用の金箔充填器で窩洞に何回かに分けて押し込んだことが、ふいにリアルに思い出された。この同級生とは卒業以来長く会っていないが、あの金箔充填した下顎小臼歯はどうなっているだろうか、懐かしさがこみあがる。
おや、蓋の内側に貼り付けた金箔も、家内がはずして貼りなおしている。2001年から臨床業務を離れていたつけは、職人住友にも確実に回ってきたようだ。しかし、ガッカリすることはない。懐かしい金箔充填の記憶を取り戻したことは、暑い夏の自由研究のあとのように、爽やかなことであった。
令和 4年8月4日
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