日本歯科医学会について/ご挨拶
学会長ご挨拶 令和2年11・12月号

「タケノボウ」
コロナ禍によってテレワークを主とせざるを得ない現状では、朝の散歩時間が長くなる。山の細道を歩けば仕事の焦りも薄らいでくるのだが、それならせめて時間を有効に使おうという姑息な欲はどうも捨てきれない。性分であろうか。
東京多摩西部の山道、春の終わりごろに、道のすぐ脇でこれまで見たことがない花を見つけた。Spring ephemeralすぐに消えてしまうはかない花だと思った。ところが、それは夏の終わりにまた咲いた。少し増えている。こんどは道端にはいつくばって、土につくほど頭を傾けてその姿をよく観察し、さらにこの清楚な花が踏まれないように、細い竹を1本、地面に突きさしておいた。ここいらの珍しい花たちは、公園の管理者のみならず、花好きの人々が、注意喚起のための竹を立てる慣いがあるのだ。すると驚くなかれ、日ごとに竹棒が増えて、ついに4本になった。春先も咲いていたにもかかわらず、それまで1本の棒も立たなかった花は、いまや4本の竹に大事そうに囲われている。ネットで調べると、珍しい種類の「ムヨウラン(無葉蘭)」というのが候補に挙がった。しばらくしてやはりこの花に興味を持って調べた方が「マヤラン(摩耶蘭)」ではないかとおっしゃった。さっそくネットで確認すると、なんとさらに珍しい絶滅危惧Ⅱ類とのこと。年2回咲くというところからも「マヤラン」と確信している。ちなみに散歩仲間のあいだでは、竹の棒を増やしているのは私だと思われているようだが、私は1本しかさしていない。しかもその位置にはかなりこだわりがある。この可憐な花には葉がない。光合成で生きているのではなく、地下茎を延ばして土中の菌から栄養を得ているのだから、やたらなところに刺すわけにはいかないのだ。
さすといえば、ウイズコロナの生活様式にそろそろいや気がさす頃だ。まずは感染防止のために密を避けてマスクをする、は世界の感染の実態から見ても有効だと実感する。歳を重ねてさらに長生きする方法として「食べるな、動くな、寝ていろよ」という言葉もある。もちろん「過剰に食べるな、過激に動くな、十分に寝ていろよ」なのは言わずもがなということだろう。
先日のTV番組に認知症の専門医が出演して、興味ある発言をされていた。高齢者にとってこのコロナ禍は、認知症になるかコロナにかかるかの二者択一だという。少し前までは「教育と教養」つまり「今日いくところ、今日用がある」ことがいつまでも元気に過ごせる秘訣だったはずなのに。外出してコロナウイルスに感染するリスクをとるのか、ステイホームで人との会話を避け認知症のリスクを高めるかの二者択一は、あまりにもつらい選択ではある。
もともと人間社会は、人の間にいてお互いに支えあってこその社会である。しかしウイズコロナの時代は、これまでの概念を大きく変えた生活いわゆるニューノーマルを考え出さなければならない。ちなみにかのTV番組では高齢者のウイズコロナ時代での取り組みとして、町内のごみ拾いを推奨している地域が紹介されていた。密を避ける屋外の行動で、さらにごみを片付けるという社会貢献が目標(生きがい)となるということだった。もちろん生活習慣を変えるには大変なエネルギーを必要とする。これまでの人類の歴史の中でも「生きるため」「種を保存するため」にさまざまな努力がなされてきた。これからもさまざまな提案、助言が出されると思うが、自分に合った生活様式を採用したり、工夫して生きていくことになるだろう。1本とはいわず何本でも、気づきを促し、知識欲を刺激し、未来に楽しみを見出すような竹の棒を、これからもさし続けていきたいと、ぶらりぶらりと歩きながら考えて、時間を有効に使うこの頃である。
令和 2年11月 9日
令和 2年11月16日
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