日本歯科医学会について/ご挨拶
学会長ご挨拶 平成30年8・9月号

「未知との遭遇と既知との遭遇」
猛暑・酷暑・極暑・激暑・厳暑・炎暑・大暑。言葉では追いつくことのできない猛烈な環境の変化に驚き戸惑い、何らかの対策を施しながら、なんとかやり過ごしています。熱中症対策ということで、学校の屋外プールは使用不可、子どもたちの賑やかな歓声が聞こえない夏休みの学校はさみしくなりました。暑くてもエアコンを使いたがらない高齢者にも、できれば一日中つけていただきたいとのアドバイスも流れます。朝夕の打ち水、昼寝、海水浴、納涼盆踊り、肝試し、昔からさまざまな形でやり過ごしてきた日本の夏が、もはや命の危険が懸念される事態にまでなっているからです。暑いときはエアコンの効いた室内で過ごせばよいのですが、そのエアコンの室外機から排出される熱気は、都会の気温上昇の一大要因となっています。さてさてどうしたものでしょうか。
世の中の負の出来事には、必要に応じた解決法が導入されます。しかしその解決法に新たな問題が発生して、また新たな解決法が登場します。それはどこまで行っても止まらないイタチごっこ。いや、イタチは今や希少動物になっている属ですが、その止められないように見える負の連鎖を断ち切るための努力だけは止めてはいけません。
最近、社会をにぎわせているさまざまな「20XX年問題」。医療・介護の世界では「2040年問題」です。この問題のポイントは65歳以上の人口が最高になるということで、医療・介護に人的にも物的にも大きな負担が必要であるということと、この高齢者たちを支える15~64歳の人口が減少し労働力の絶対量が不足すると予測されているところにあります。総務省の有識者研究会の中間報告でも、20年後に行政が直面する三つの大きなリスクとして、(1)首都圏の急速な高齢化と医療・介護の危機(2)深刻な若年労働力の不足(3)空き家急増に伴う都市の空洞化と、インフラの老朽化が挙げられました。
わが国では大変短い期間に高齢化が進んできました。私は、この(1)と(2)について、歯科として何ができるかを考えています。本心は、この解決に向けて歯科界挙げて取り組んでいこうという「檄」でもあるのです。
日本は1970年に高齢化社会に突入してから、1995年に高齢社会、2007年に超高齢社会といいかえられてきました。とりわけ1970年から、たったの24年間で65歳人口が7%から14%に達してしまったことは、先進国の中では際立って早いのです。それこそイタチごっこのように、対応に追われていたことから、特に「大変だ」との思いだけが強まってきたように思います。私はこれを、短期間で大量の高齢社会の情報が得られたという風に捉えればよいと考えています。このビックデータを有効活用して、これから迎える「2040年問題」の対応策を立てればよいのではないでしょうか。
歯科界にも、もちろん、ビックデータがあります。これをもってまず貢献できることは、『「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されている健康寿命の延伸』です。端的に言えば、各年代層に歯科的な介入を行うことによって、健康寿命を延伸します。65歳以上の高齢者の健康寿命が延びれば医療・介護の危機に対応できたり、15歳から64歳の労働力世代の健康を維持することもできるのが、歯科的な介入による貢献ということなのです。先述した、短期間に多くの情報が得られた高齢社会のデータから、2040年から今日まで遡った何年かごとの目標をたてる、いわゆるバックキャステイング思考で、いま使えるスキルや資源を度外視した目標を決める。そしてその何年かごとの目標に向かって、方略を多面的に検討しながら確実な進歩を重ねていくいわゆるフォアキャステイング思考によって、より良い2040年に向けて実現していけばよいと考えています。
今、日本歯科医学会から各分科会にお願いしているイノベーションロードマップも、その方略の一つとなりうるものです。それが机上の空論にならないよう、どのように具現化するかについては、学会が主導して推進してまいります。歯科界にあって、きりのないイタチごっこが、いつかは終わる鬼ごっこに代わるように願う日本歯科医学会でありたいものです。
2018年 8月 6日
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